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第62話 手に入れるべき

Author: 甘梨鈴
last update Last Updated: 2025-08-03 17:00:25

「なぜ、不幸になる前提なんだ?」

「……」

「お前……まだ、ソルティアン大公を恨んでいるのか?」

「当然だろう! ミシェルを不幸にしたんだぞ?」

 ルシアンは怒気を含んだ声で答えた。

 ティエリーは、さらに呆れた顔になり、ため息をついた。

「本人同士が納得していることを、お前がいつまでも恨むな」

「……許したくないんだ。ミシェルは夢を奪われただけじゃない。命まで狙われて、大怪我もした」

 ルシアンは拳を握りしめ、堪えるように歯を食いしばった。

「私は、あの子を……ミシェルのように不幸にしたくない」

 ルシアンは、懺悔するように声を絞り出した。

(私のせいで、エマが不幸になってはいけない)

 オメガは、弱い生き物だ。

 アルファと番(つがい)になり、守ってもらわないと、生きていくことが難しい。

 エマを守りたいと思うたびに、泣いていたミシェルの姿が脳裏に浮かんだ。

「ルシアン。不幸かどうかは、本人が決めることだ」

「……分かっている」

「今のお前なら、オメガ一人くらい守れるだろう?」

 どうやら、ティエリーは励ましてくれているようだ。

 ルシアンもグラスにワインを注ぎ、一口飲む。

(私が、エマを守れるのか?)

 ルシアンは一度目を閉じて、エマを思い浮かべた。

『ありがとうございます。ルシアン様』

 ふわりと笑う姿が、花のように愛らしかった。

 甘い声で啼く姿も。ルシアンの手で乱れて、絶頂に達する姿にも。ルシアンは激しく興奮したのだ。

(あの子が欲しい)

 アルファの本能が、強く訴えかけている。

 あのオメガを、手に入れるべきだと。

「ルシアン」

 ティエリーがグラスを傾け、微笑を浮かべる。

「あの聖樹と番(つが)いたくなったら、いつでも手を貸してやる」

 それだけ言うと、グラスの中身を一気に飲み干した。

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